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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)1277号 決定 1990年8月29日

申請人 川岸八郎

右代理人弁護士 高見哲彰

被申請人 枚方市

右代表者枚方市水道事業管理者 田中和夫

右代理人弁護士 仲田哲

同 河合伸一

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

被申請人は申請人に対し、大阪府枚方市出屋敷元町二丁目一四六六番一所在の土地上のレディミクストコンクリート製造設備、資材置場、事務所及びこれに付随する一切の設備につき、仮に水道事業による上水の供給をせよ。

二  被申請人

主文と同旨。

第二当裁判所の判断

一  疎明及び審理の全趣旨によると、次の事実が一応認められる。

1  申請人は、平成二年一月三一日頃、申請外有限会社坂口商事との間で同社所有の大阪府枚方市出屋敷元町二丁目一四六六番一所在の土地(以下「本件土地」という。)上にレディミクストコンクリート製造設備等を設置してこれを借り受ける旨の契約を締結し、右製造設備等の建設を始めるとともに、同年三月一六日、被申請人の水道事業管理者(以下「水道事業管理者」という。)に対し本件土地を露天資材置場の用に供するとして、業務用の上水の給水装置施工申込書を提出し、その頃設計審査手数料、工事検査手数料、分担金として合計八四万六三〇〇円を支払った。

2  本件土地は、都市計画法上の第二種住居専用地域に属し、原則としてレディミクストコンクリート製造設備を建築することはできないところ(建築基準法四八条二項、別表第二(ろ)項二号)、平成二年三月一九日、被申請人の都市環境部建築指導課(以下「建築指導課」という。)は、同公害対策課の課員から、本件土地上にコンクリートプラントと思われる施設の工事が行われているのを現認した旨の連絡を受けた。そこで、建築指導課の課員が翌同月二〇日に本件土地に赴いたところ、いまだ土木工事中であり、どのような土地利用がなされようとしているか明らかでなかった。このため、建築指導課が申請人に架電してこの旨を確認したところ、資材置場として利用する旨の回答を得た。

3  ところが、同年四月三日建築指導課の課員が本件土地に再度確認に赴いたところ、本件土地上にレディミクストコンクリート製造設備が建設中であったため、建築基準法上の特定行政庁である被申請人市長北牧一雄(以下「市長」という。)は、同日、申請人に対し、同設備が同法八八条二項で準用する同法四八条二項に違反する工作物であるから、同法九条一〇項に基づき直ちに工事の施工の停止を命ずる旨を記載した書面を送付するとともに、同月一〇日、右命令の内容を記載した標識を本件土地上に設置してこれを公示した。

4  次いで、建築指導課は、同日、水道事業管理者に対し申請人に対する上水の供給を保留するよう要請し、前記公示に係る標識にその旨を記載した。そして、右要請を受けた水道局は、これに応じるとともに、給水工事の施工業者である東和工業株式会社に対してもその旨を伝えた。

5  申請人は、同月一七日、水道事業管理者に対し給水装置完成届を提出して上水の給水を求めたが、水道事業管理者は、建築指導課から前記要請を受けていたため、これを受理せず預かり扱いとし、現在に至るまで申請人に対する上水の供給をしていない。

6  申請人は、その後も市長がした前記工事施工停止命令を無視して工事を続行し、事務棟を新たに建築していたため、市長は、同月二六日、申請人に対し本件土地上のレディミクストコンクリート製造設備及び事務棟の除去並びに使用禁止の予告通知書を送付し(建築基準法九条二項)、更に翌同月二七日、被申請人建築指導課に来庁した申請人に対し、口頭で右施設の除去及び使用禁止を命じたが、申請人はこれに応じる意思を示さなかった。

7  そこで、市長は、同年五月七日、申請人に対し命令書到達後六〇日以内に右施設を除去すること及び直ちにその使用を禁止することを命ずる旨記載した命令書を送付し(建築基準法九条一項、なお、同命令書は同月九日に申請人に到達した。)、同月二一日、上記命令内容を記載した標識を本件土地上に設置して公示した。

8  右命令書送付後、申請人は、同月一二日、一四日及び一五日にわたり、被申請人に来庁して給水を要請したが、右除去及び使用禁止命令に従う意思を全く示さず、本件土地上に建築した施設において、申請人の長男である川岸一彦を常駐させ、水槽を積んだトラックを使用して操業している。

9  本件土地上にレディミクストコンクリート製造設備を建築することについては、地元の出屋敷土地改良区組合員及び出屋敷実行組合名義で、本件土地周囲の水田が汚染されること等を懸念してこれに反対する旨の意見書が平成二年四月九日及び同年六月二五日の二回にわたり、市長宛に提出された。

二  給水契約の成立について

1  前記認定のとおり、申請人は、平成二年四月一七日に水道事業管理者に対し給水装置完成届を提出して上水の供給を求めているから、この時点で水道事業を営む被申請人に対し給水契約締結の申込みをしたといえる。しかしながら、水道事業管理者は、これを受理せず預かり扱いとし、現在に至るまで申請人に対する上水の供給をしていないというのであり、他に被申請人において申請人のした上記給水契約の申込みを承諾する旨の明示もしくは黙示の意思表示をしたと認めるべき疎明はない。

2  ところで、上水道の利用にかかる法律関係は、給水契約に基礎をおく私法上の関係と解すべきところ、水道法(昭和三二年法律一七七号)は、水が人の生存に欠かせない基礎的物資であって、その確実でしかも安定した供給につき高度の公共的要請があることにかんがみ(一条参照)、水道を利用しようとする者から給水契約の申込みがあったときは、水道事業者は正当な理由がなければこれを拒んではならない旨を規定し(一五条一項)、水道事業者に給水契約の申込みに対する承諾を義務付け、これに違反した場合には罰則を科することとしているのである(五三条三号)。

このように、水道事業者は、水道法上、給水契約の申込みに対する承諾義務を負っているのであるが、このことと、給水契約がその申込みにより私法上も水道事業者の承諾なくして当然に成立するものとみうるか否かとは別問題である。

そこでこの点について考えると、前記のとおり、上水道の利用関係は、公法上の制約があるとはいえ、基本的には給水契約を基礎とする私法上の関係というべきであるから、明文の規定がないのに契約当事者の一方の意思表示を欠いたまま契約の成立を認めるといった、契約に関する私法の一般原則の重大な例外を認めることには慎重な考慮が必要と解すべきところ、水道法においては、給水契約の締結に関する条文としては、一五条一項において、給水契約の申込みに対し「正当な理由がなければ、これを拒んではならない」との規定を置くのみであって、この規定だけから、私法上、水道事業者の承諾なくして給水契約の成立を認める趣旨を読みとることは困難であり、他にかかる趣旨を明示的に定めた規定はない。また、水道事業者がこの承諾義務に違反したときには一年以下の懲役または一〇万円以下の罰金というかなり重い罰則が科せられ、また、民事上の不法行為責任を免れないのであって、事業主体が市町村又は厚生大臣の認可を受け市町村の同意を得た者に限られている(水道法六条)ことからして、かかる刑事上あるいは民事上の事後的制裁のみをもってしても、多くの場合給水契約の承諾強制を担保することができ、一般的には水道利用者の利益保護に欠けることはないといいうることなどからすると、水道法は、水道事業者による給水契約の申込みに対する承諾義務違反に対しては、右の事後的制裁をもって十分であるとしたものというべきであり、これを超えて、給水契約が、水道事業者の承諾なくして、私法上もその申込みにより直ちに成立することまで認めたものではないというべきである。

4  しかし、水道事業者は、正当な理由のない限り給水契約の申込みに応じなければならない義務を負い、刑罰等をもってその履行が強制されているのであり、また、右正当な理由は、原則として水道事業固有の事由以外の事由をその理由とすることができないことからすると、通常の場合、水道事業者は給水契約の申込みがあれば、これを拒む余地はなく、事実上直ちに給水すべき地位にあるともいえ、したがって、給水契約の申込みを拒みうる正当な理由がない限りにおいては、水道事業者の承諾の意思表示は半ば形骸化している場合もあるといい得るから、かかる場合、仮処分により、水道事業者の承諾の意思表示がなされるということを前提にした上水の供給を求め得る仮の地位を定めることもできる場合があるというべきである。

そこで、以下、被申請人が申請人の給水契約の申込みに応じなかったことに正当な理由があるか否かについて判断する。

三  正当な理由の存否について

1  水道法一五条一項所定の「正当な理由」とは、原則として水道事業者がその事業経営上給水区域内からの需要者に対し給水しないことをやむを得ないものとする事由、たとえば、申込みにかかる場所には事業計画上配水管が未設置であるとか、特殊な地形等のため給水が技術的に著しく困難であるとかといった、専ら水道事業固有の事由のみを指すと解すべきであり、水道法の所期する目的以外の他の行政目的を達成するため、たやすく右水道事業固有の事由以外の事由を「正当な理由」の有無の判断の基礎とするのは相当でないというべきである。なぜなら、水道法一五条一項により水道事業者に課せられた給水契約の承諾義務は、専ら、同法の所期する「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与する」という行政目的を達成するため、水道事業者の契約締結の自由に対して公法上制約を課したものというべきであるから、承諾義務の免除事由である「正当な理由」の解釈も、原則として、かかる水道法の所期する目的と関連する限度においてなされなければならないのは当然であって、水道法以外の他の行政目的の達成を目的とした事由を安易に「正当な理由」を基礎付ける事由としたときは、水道法がその所期する上記目的を達成するため水道事業者に承諾義務を課した趣旨が容易に没却され、法治主義の原則上相当ではないからである。

しかしながら、水道事業者に給水契約の申込みに対し承諾義務を課し、給水を強制することが法秩序全体の精神に反する結果となり、公序良俗違反を助長することになるような場合には、必ずしも水道事業固有の事由に基づく場合でなくとも、給水契約の締結を拒みうる「正当な理由」があると判断される場合もあるというべきである。

2  これを本件についてみると、被申請人が申請人のした給水契約の申込みに応じなかったのは、水道事業固有の事由に基づくものではなく、専ら、申請人が本件土地上に建築したレディミクストコンクリート製造設備が建築基準法に違反する違法建築物であり、その違法を是正することを目的とすることが明らかである。

しかし、前記認定のとおり、本件土地は、第二種住居専用区域内にあり、建築基準法四八条二項、別表第二(ろ)項二号により、原則としてレディミクストコンクリート製造設備を建築することができないことが極めて明白であるところ(ただし、同条同項ただし書きによれば、特定行政庁が中高層住宅に係る良好な住居の環境を害するおそれがないと認め、又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては別表第二(ろ)項所定の建築物も建築できるのであるが、本件においては、前記認定の事実経過等にかんがみ、特定行政庁である市長が本件土地上にレディミクストコンクリート製造設備を建築することを許可する見込みは皆無であるといえる。)、申請人は、平成二年四月三日市長から同設備が建築基準法に違反する工作物であるから直ちに工事の施工の停止を命ずる旨の記載した書面の送付を受け、おそくともその頃には、本件土地上に建築中のレディミクストコンクリート製造設備が建築基準法上許容されない建築物であることを知ったにもかかわらず(申請人は、当初水道事業管理者に対し本件土地を露天資材置場の用途に供するとして業務用の上水の給水装置施工申込書を提出し、更に建築指導課の課員からの問い合わせに対しても、本件土地を資材置場に使用すると告げているのであり、かかる事実によれば、申請人は、当初から本件土地上にレディミクストコンクリート製造設備を建築することが建築基準法に違反することを知っていた疑いも強い。)、右工事の施工停止命令及びこれに引き続き同月二六日に市長からレディミクストコンクリート製造設備と事務棟の除去を命じ、使用を禁止する旨の予告通知書及びその命令書の送付を相次いで受けたにもかかわらず、その後もかかる建築基準法違反の状態を是正する態度を全く示さないまま、被申請人に対し、ただ給水を求め続けるのみであったというのであり、かつ、申請人の設置した設備により付近に及ぼす環境上の悪影響を懸念した付近住民らから、二度にわたり、本件土地におけるレディミクストコンクリート製造設備の操業に反対する意見書が市長に提出されたというのであって、これらの事実によれば、申請人の建築したレディミクストコンクリート製造設備の建築基準法違反の程度は甚だしく、かつ、申請人は、かかる違法状態を是正するために市長がした正当な指示、命令をことごとく無視し、あえて同法違反の建築物を完成させるなど、態様はきわめて悪質というべきである。

また、本件土地上のレディミクストコンクリート製造設備は、居住の用に供することを目的とした建築物ではなく、現に同所に常駐しているのは申請人の長男のみであって、同所に上水を供給しないことが直ちに水道法の所期する「公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与する」との目的に背馳するものとはいえず、かえって、被申請人が申請人に上水を供給するときは、これが違法建築物であるレディミクストコンクリート製造設備の操業の用に供され、かかる違法状態を直接的に助長することになることは明らかである。

以上のとおり、申請人による建築基準法違反行為の態様、程度はまことに著しいといわなければならず、かかる行為を放置することは公共の利益に重大な悪影響を及ぼすというべきところ、申請人に対し上水を供給することは、かかる違反行為を直接に助長、援助することとなって公序良俗に違反するというべきであり、法秩序全体の精神からしても到底許容されないというべきである。したがって、本件においては、被申請人において給水契約の締結を拒みうる正当な理由があるというべきである。

四  結論

よって、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明を欠くというべきであり、また、申請人に保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないというべきであるから却下を免れず、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田中俊次)

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